トップスキーヤーが見せてくれる本当のウォ−タ−スキ−はにわかには信じられないほどのものだ。
現在ウォータースキーのジャンプの世界記録はSammy Duvallの持つ2**フィート(約67.5m)だ。この飛距離を得るためにはジャンプ台への突入速度は約120km/以上が必要だと言われている。また空中の最高点ではその高さは7mに及ぶと言われているのだ。一口に60mというけれども、例えばあなたが泳ぐ50mのプール、あれ以上の距離をたったの3秒弱の時間で一気に飛び越してしまうのだ。その時の空中にいる自分を想像してみて欲しい。例えて言うなら、ビルの3回から飛び降りるのに等しいのだ。しかもただ真下に落ちるのではない。120km/hのスピードで吹っ飛んでいくのだ。もちろん、120km/hという速度そのものは現代ではだれもが経験する速度だが、なにも乗り物に乗っているのではない、生身の人間が経験する速度としては最高の部類にはいるものだろう。いや、トップスキーヤーは既に生身の人間に許される限界を越えた領域に踏み込んでいるといってもいいのではないだろうか。ほんのわずかジャンプ台でバランスを失えば、考えるのも恐ろしいような大クラッシュが彼らを待っているのだ。それは選手生命はおろか彼らの命まで奪いかねないのだ。長い時間にわたる激しいプラクティスが彼らにそのような領域を許したのに違いない。それにしても何が彼らにそこまでのウォータースキーに対する献身を求めるのだろう。ジャンプの空中での、永遠のような3秒間に、彼らは神に会えるのだろうか。 トリック競技においてはボートのスピードこそ他の種目に比べて低い速度になっているが、選手の動きはかえってめまぐるしいほどに激しい。トップスキーヤーは片道20秒間に約20のトリック演技をこなす。しかも、その演技はフリップ(宙返り)や720度(2回転)やボディーオーバー(曳航するロープをとびこしてしまう)等の超難度種目の連続なのだ。以前はトリックは一般にはわかりにくい種目だとされていた。しかし、近年上記のような種目が採用されるにつれて、じつに見ごたえのあるイベントとなってきている。特に短い時間内に多くの点数を稼ぐために連続的に技が繰り出されるのを見るとじつに激しいものだ。時間の流れが凝縮されて眩暈のするような浮遊感覚を味わわせてくれる。優れたトリッカーは自らのスーパーテクニックで、重力の法則さえも、時間の流れさえも手玉にとってみせてくれるのだ。現代の呪術師はネオプレーンでできた衣を纒って奇跡を行なう。彼らはたんに一つのスポーツに献身しているだけではない。Fー1ドライバーやスペースシャトルに乗り組む宇宙飛行士にも似て、彼らは人間という存在の、可能性の限界と格闘しているのだ。まぢかに見る本物のウォータースキーは我々の想像を遥かに越えたものだ。それは現実のものとは思えないほどの速さと高さと強さを持って、われわれを一瞬デイドリームへと引きずり込んでしまう。例えば、スラローム競技ではコースをクリアーする度にロープを詰め、条件を厳しくしていくわけだが、最も短いところまでいった場合では10.75mというロープの長さが設定されている。これは実はボートの走るコースから選手がターンするブイまでの距離11.25mよりも短いのだ。ボートがコースの真ん中を直進する間に、選手はボートの真横までカットアウトしていく必要がある。そしてそこで思い切りからだを延ばして倒れ込むことによってはじめて、スキーがブイまで到達することが可能なのだ。このとき、スキーヤーのスピードは瞬間的にボートの2倍まで加速すると言われている。ボートスピードは男子で58km/hと決まっているので約120km/hにも及ぶわけだ。この超高速の中で選手は1本のスキーを操り、絶妙のバランス感覚で鋭いターンをすることが求められているのだ。加速が乗ったときに転倒すると優に15mも水面を転げていくことになる。水面に叩きつけられたときには、コンクリートと同様の衝撃を受けるのも当然のことだ。猛烈なスプレイを巻き上げながら、水面を走り抜けるさまは正に超人的なものだ。超高速の中で、ボートのプルに打ち勝つ強烈なパワーを、繊細なバランス感覚でコントロールしながら発揮しているのだ。幻のような巨大なスプレイはあっというまにまた消えてしまい、後には何も残らない。だが、それを見たものの心に何か微妙な捩れのようなものを残していく。物凄いスピードとパワーがほんの一瞬だけ水の上に描く巨大な映像を見てしまうと、人はとてもそれまでと同じではいられない。世界はこれほどに脆くも美しいものだったことを思いださせてしまうからだ。古来、水の上を歩くものの伝説は数えるに事欠かない。それは何よりも雄弁にその者の超越性を表現している。不可能なことを実現してみせることの、それは象徴なのだ。Sotaro Inoue
井上壮太郎
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