ワールドチャンピオンシップ参戦記
VANS WWA WAKEBOARD WORLD CHANPIONSHIPS
2000 10/5-8
オーシャンライフ誌に掲載された原稿の文章をそのままアップします。
読み物として、読んでください。
井上 壯太郎
プロフィール
茨城県鹿島でソウタロウズウォータースポーツサービセスというウェイクボード/水上スキーのスクールを主宰。もともとは水上スキーヤーだが、近年ウェイクボードに取り組み、昨年に続いて今年もウェイクボードの世界選手権ベテランズクラスに出場。水上スポーツの健全な発展に微力ながらも貢献したいと願っている。


僕の年齢ですか?45歳です。なにをいきなりトシの話しを?と疑問に思う方もいるでしょうね。だけど、この年齢のおかげで去年、今年と僕はウェイクボードのワールドチャンピオンシップスに出ることができたんです。若い人のスポーツと思われがちなウェイクボードですが、僕が出場した「ベテランズ」というのはなんと40歳以上のライダーのためのクラスなんです。実際ウェイクボード自体はやはり本来は若い人のスポーツだ、と僕も思います。でも、僕の年齢でも十分に楽しめるし、また競技として取り組むこともできるというのも事実なんですね。

大会が行われたのはカリフォルニア州ロスアンゼルス郊外のレイクエルシノアという湖です。ロスアンゼルスもクルマでフリーウェイを30分も走ると荒涼とした景色がひろがってきます。低い丘陵や山にも木々はほとんどなく、ほんとうにデザート(砂漠)のまんなかに忽然と湖が現われてきます。

さて、今年はなんと我がSOTARO'sのチームからは僕を含めて4人のウェイクボーダーをワールドに送り込むことができました。日本チーム全体の成績や海外のライダーのスーパートリックなどについてはウェイクボード専門誌に詳しくレポートされると思いますので、ここでは僕が気づいた点や我がチームライダーについて、それにもちろん僕自身の活躍(笑)についてご報告します。

イベントとしての大会運営

やはりアメリカ人はこういうイベントの演出がうまいですね。競技自体にも水上スキーのジャンプ台、キッカー(ひとまわり小さいジャンプ台)、レイル(パイプの上をスライドする)などが導入されて、見ごたえのあるものにかわってきています。なんとジャンプ台の直前にはワールドチャンピオンに与えられる賞品のフォードのピックアップトラック(レンジャー)が浮かべてあるんですよ。ライダーはそれを飛び越えてトリックするわけです。まあ、実際にはぶつかる心配はないように少しずらして浮かべてはあるんですけれども、見た目にはスリルがあって演出効果は満点です。
ジャンプ台そのものの飛び方も短い時間にライダーの方が慣れてきていて、ジャンプ台直前で水上スキーのダブルウェイキカットのように反対がから加速してウェイキを越える時にトリックをメイクしてそのまま台に突入、台でもまたスピントリックを披露するなど、飛距離も伸びてきているし、実にスリルがあります。
MCのまくしたてるリズムのいい英語も気持ちいいですし、腹に響くサウンドも会場の雰囲気を盛り上げます。バナーで飾り立てられたブースでは2001年のニューボードの展示やバ−ゲンもあって観客も会場そのものを楽しめる雰囲気。
ジェットで曳いてジャンプ台で競うビッグエアチャレンジなどのイベントも行われ、空からはパラセイルが降りてくるし、ときおりMCのタワーからはTシャツなどのプレゼントが投げられたりして、決勝が行われた土日は人出も多く、会場は大いに盛り上がっていました。
日本チームの活躍
確かに海外のライダーのレベルは高く、トリックの難易度も年々あがっています。でも日本の若いライダー達もそれによく遅れることなくついていっています。さすがにプロクラスでは決勝に残ることはできませんでしたが、アマチュアでは何人もの選手が予選を通過してファイナルへと進みました。畠山透拓選手はトップで予選通過、田中晴美選手も2位で通過するなど、実力を出し切っての活躍。なかでもガールズに出場した浅井未来ちゃんは決勝で見事3位入賞を果たしました。
我がSOTARO'sのライダー達もそれぞれ健闘、アマチュアウィメンに出場したウメ(塩田清美)はフロントバックロールとロールトゥリバートという2つのインバートを決めて、7位に入賞しました。さすがに男女ともプロクラスはレベルが高く、日本のプロは予選通過はできませんでしたが、マット(高岩正人)プロのライディングには観客からも歓声があがっていました。女子のエースエビちゃん(海老原洋子)、ヨっちゃん(田崎美子)とも予選通過はできませんでしたが、それぞれに思い切ったライディングで応援する僕らを魅了してくれました。特にエビちゃんは出走時間が1時間繰り上がるというアクシデントがあり、早く会場にいたのでよかったのですが、ボードが駐車場にあり、僕を含めたみんなでリレーで出走ドックまでボードを届けるというスリリングな状況。本人もやはり精神的な動揺を完全に抑えることはできなかったようで、惜しまれる展開でした。

ベテランズクラス

さて、僕が出場したベテランズクラスですが、出場は全員で6名。やはり世界中でも40を過ぎて競技としてウェイクボードをやろうなんていうばかなヤツは何人もいないようです。
今年は峠範和プロがベテランズクラス出場ということで、昨年に比べても僕の順位が一つ落ちることは免れようもない、という中、僕としては予選決勝ともベストに近い内容で、無事昨年に続いてワールドベテランズ2位という成績を得ることができました。今年はレベルも上がって予選通過も無理だろうと予想してでかけただけに、この順位は僕にとっては夢のような成績です。もちろんワールドチャンピオンには峠プロが輝き日本人が1−2フィニッシュ。健闘を称えあいました。
僕は水上スキー時代からの癖で、水面で大声で気合いを入れてのエントリーだったんですが、ボートに乗ってたジャッジの女のコには大受けで、けらけらと声を上げて笑っていたのが、ライディングしながらもわかりました。恥ずかしいけど、そうしないとどうも気合いが入んないんで、しょうがないですね。
海外のベテランズライダーとも仲良くなって、お互い自国でこのクラスを盛り上げていこう、と誓い合いました。購買力のあるこの層が入ってくることで業界も伸びるし、若いライダー(子供たち)が早くから始めてレベルをあげるにも重要なことだ、と話しあっていました。

【ボート界で、いや今この世界で何が起っているのか?】

ともあれ、僕は競技を終えてSOTARO'sのライダーを連れてサンタモニカの海辺のホテルにやってきました。ここで、現在のウェイクボードやモーターボートの世界で起っていることについてちょっと思いを巡らせてみようと思います。
思い返せば、よくも世界選手権などというものにこの僕ごときが出場できたものです。学生時代に水上スキーをめて25年、長い間水上ポーツにかかわってきましたけれども、まさかこんな日がくるとは思ってもいませんでした。日本での水上スポーツの隆盛も驚くほどで、ボートショウにでかけても見るべきボートなど何艇もなかった昔から考えると今は夢のようです。

◆ウェイク向けボートの台頭
 日本各地で行われた2000年のボートショウはご覧になったでしょうか。以前に比べればけして広いとは言えない会場を見渡すと、どこを見てもボートの中央にハイポールやコントロールタワーなどと呼ばれるトーイング用の設備を高々と備えたボートばかりが多く目に付きませんでしたか?もちろんクルーザーやフィッシングボートだってたくさん並べられていたんですけれども、なにやら人がたくさんたむろしたり、賑やかなサウンドで派手な展示が行われたり、ビデオが流れたり、とにかく活気がある場所には必ずと言っていいほど、ウェイク用のボートあるいはウェイクボードのボードやブーツ、ロープなどが置かれていたようでした。また、そこに集まってくる若者たちも、どうもいままでのボートショウに来ていたお客さん達とは毛色がちがう(文字通り髪の毛が金髪だったりミドリだったり)そういう人々が多かったのを感じられたのではないでしょうか。なかには眉をひそめた方もいたかもしれませんね。
それもそのはず、今年始めのボートショウでは、ほとんどすべての国産ボートメーカーがウェイクボート専用またはウェイクボード対応を謳ったボートを出品、海外からの輸入艇も加わり、さらにPWCもウェイクボードに対応し、ウェイクボードそのものを扱う商社やディーラーも参加して、ショウの中に一分野を構成したことは否定できないと思います。(トヨタ、ヤマハ、ヤンマー、日産、スズキ、カワサキ、、、)
またこの夏のトヨタのクルマのCF、アウディのCF、それ以外にも多くのテレビ番組でウェイクボードが取り上げられていたこともご記憶に新しいと思います。
実は今回の日本チームに参加していた峠さんの協力でトヨタのCFは作られたんですね。そして、画面でバックロールを決めていたのも同行のMenI代表矢吹明選手。決勝5位の大活躍でした。それからAUDIの方のCFにでていたギャビン・ブロードベンド選手(ニュージーランド)も今回出場していて会うことができました。彼はもとは水上スキーヤーで日本にも来たことがあるんですよ。
あまり活発でないマリン業界でたまたま元気なウェイクボード関連が脚光を浴びてしまったという面もあるとは思いますが、それでも、マリン業界だけでなく、クルマのCFまでに採用されるほど、ウェイクボードが時代の雰囲気を反映していると考えられている、このことは事実のようなんです。どうやら時代に敏感な広告代理店の人々や、番組制作にたずさわるような人たちから見て、ウェイクボードは今なにかを表現するのに力があると考えられているようで、実はこのことはどうもそんなに簡単な表面的なできごとではないらしいのです。

◆水上スキー対ウェイクボード
最近はウェイクボードという言葉もずいぶん一般になじみができてきたようで、関心のある人には説明の必要も少なくなってきたのですが、それでもまったく関心の無い人にはいまでも、「水上スキーの横乗り版」といった説明をしなくてはならないこともあります。そういえばわかってもらえるくらい、ウェイクボードと水上スキーはほぼ同類のスポーツと考えられるのもしかたのないことでしょう。ですが、実はこのふたつのスポーツの間には実はとてつもなく大きな違いがあります。もともと水上スキーヤーの僕が言うのですから、一応信じてもらっていいのではないか、と思います
写真にもありますが、レイクエルシノアへ行くとそこではスキ−レーシングチームが水上スキーの練習をしていました。彼らはかなり本格的なレーサーのようだったので、いろいろと話しをきいて僕の方はとても面白かったんですが、驚いたことに彼らはその週末にウェイクボードのワールドが同じ湖である、というのにそのことを知らなかったんです。まったく興味がないようでした。
このふたつのスポーツの距離はだいぶ大きいようです。それは一言でいえば、目指している世界が違う、ということになるんですが、これもかなり説明を擁するはなしですねえ。スポーツの技術的にはそれほど大きな違いはないと思うんですが、文化が違うというか、寄って立つ哲学が違うというのか、、、いずれにしてもこのふたつはまったく別のスポーツです。

◆旧世代対ニュージェネレーション(X-GENERATION)
普通、僕くらいの歳になると、なかなか若い友達と接する機会というのは少ないのではないか、と思います。いや、若い知りあいはいたとしても、どうしても先輩と後輩っていう関係になったり、あるいは親子のような感じになったり、女のコにしても男のコにしてもなかなか友達という関係にはなりにくいですよね。ところが僕の場合はとても幸運なことに若い人たちが友達のように接してくれます。なぜかというと彼らの方が僕よりもウェイクボードに関してははるかに技術が上だったり、新しい情報に精通していて、こちらがいろいろと教えてもらう立場になる場合も多いからだと思います。そんな環境にいてさえ、完全に旧世代に属する僕からみれば、彼らの行動はまったく理解できない、と思わされることもしばしばあります。今回の旅行中にもいろいろとヤバイことはありましたが、ま、それはちょっとここでは書けませんね。
一番強く感じるのは、彼らはたとえ世界選手権と言えども、僕のように「どうやったら勝てるのか」などとは考えないということです。みなさんにとっても意外ではないですか?日本を代表して大きな大会に出る選手がいい成績を出すことを目指していない、なんて。いったいどうなっているんでしょう。これがいわゆるエクスジェネレーションの人たちのエックスたるゆえんのようなんです。

◆エキストリームとは
「スタイル」論

いよいよ、話しは核心に近づいてきました。
さて、それではコンペティションに出場する彼らは、いったいそこで何をしようとしているのでしょうか。今回一緒に参加した若いライダー達の言葉に耳を傾けてみましょう。
ウェイクボーディングマガジンのアンケートからの引用です。
浅井未来「どんな技でもスタイリッシュに(かっこよく)できるんだ」というのをアピールしたいです。
長塚学「ぶっ飛んでくる。どの外人ライダーよりも高く!」
長谷真成「「アピール」は嫌い。でも自分が目立つのは大好き。」
田崎美子「楽しんで滑ろうと思います。」
高岩正人「勝ち負けにはとらわれず、自分自身でプラスになる事を得たい。」
飯田道恵「どんな場所でも、どれだけ自分らしくいられるか、一番楽しく滑れるか、楽しみ。」
塩田清美「自分が持っているものを全部出しきる。」
松本進吾「自分の滑りができれば満足なんで(中略)それで自分を良く評価してくれれば最高。」
どうでしょうか。ここに彼らの考え方が言い尽くされています。彼らが表明しているのは自分自身に対するこだわりとそれを表現するものとしてのウェイクボードなんです。つまり彼らがやっているウェイクボードっていうのは、僕のような人間が考える競技スポーツの範疇からはどうやらだいぶはずれたもののようなのです。あるいは競技どころか、「スポーツ」というコンセプトからもすでにはみ出していて、一種「アート」に近いようなものだ、ということが今回の論旨なんですが、うーん、この短い言葉の中からわかっていただけるでしょうか。こういう発言をそこらで遊びでやっている人たちが言うんでなくて世界選手権に出場しようというトップアマや、仮にもプロと呼ばれる人達が、ほんとうにそう考えて言っているところが、いままでのスポーツとはまったくちがうこの「ウェイクボード」というスポーツの新しいところなのではないか、と思うわけです。海外のライダーももちろんこの点は同じですし、彼らはしばしばコンテスト(競技会/大会)を否定するような発言をするのも事実です。誰が1等かなんて意味がない、というわけですね。大事なことは彼ら自身が自然に身に付けたスタイル(トリックの形という狭い意味にとどまらず、滑りの大きさやアグレッシブさなどを含め、時には「生き方」(ライフスタイル)までをも意味する。)がいかに表現されているか、が重要なのであって、それが評価を得るかどうかは見る側の勝手だ、とでも言いたげな態度です。
それは現在のウェイクボードのスタイル重視のジャッジの方法(よく似た水上スキーのトリック競技とはまったくちがう)にもはっきりと現われているんですが、詳しくはまた別の機会にお話ししましょう。
ただ、この点はひとりウェイクボーディングのみの特徴ではなくて、近ごろエックススポーツ、エキストリーム系などと呼ばれているスポーツにはある程度共通してみられる現象でもあります。

◆どこへも行かないスポーツ(?)
ウェイクボード

さて、それではどうして彼らは「競争」を好まないのでしょうか。おそらくここのところを学術的な根拠を持って論文をかけたら、一大文明論を展開できるくらい、これは深い話しなんだろうと僕は思います、おおおげさにいえば。(おおげさ過ぎますかね。)
飛躍が激しすぎるのを承知で言いますが、僕がぼんやりとした頭で考えているのは、
「すでに人類の遺伝子にとっては、種の保存については不安がなくなってしまった。そこで競争の意味も薄れてきてしまった。若い世代(または彼らが運ぶんでいるDNA)はもしかすると深いところでそのことに無意識に気づいていて、それが彼らの行動にもあらわれているのではないか」というようなことですが、でも、本当はただの長引く不況の影響にすぎないのかもしれません。(笑)
ただ、エキストリーム系スポーツはみんな好況なアメリカ発ですからねえ。もしかするとあたっているのかもしれませんが、まあ、そんなことはおいときましょう。
つまり、ウェイクボーダーは「ここではないどこかへ行きたい」というふうにあまり思っていない人たちなのかな、と思うわけです。実際走ったり、泳いだりするのなら、どこかへ行くのに役に立ちますけれども、ボートに曳かれているウェイクボーディングというのはどこかへ行く役にはたたないですものね。どこかへ速くいきたいのなら、ウェイクボードはやめてボートをぶっ飛ばした方がいいわけですから。
どこか知らないところへ行くことよりは、今の自分の生き方を大事にする。自分が持って生まれたもの、あるいは自然に身に付けたもの、そういうものを生きていく上でのよりどころにしようとする傾向が強いと思うんです。だから自分を変えてまで、大会であるいはライバルに勝とうなどとは考えない。ここが旧来の(水上スキーを含む)オリンピック的なスポーツからはとてもかけ離れているところだと思うんです。たとえば、100mを速く走るためにドーピングしたり、手術をして骨格を削ってまでして人類の限界に挑もうなどといいうことはさらさら考えない、というのが過激と見られるエキストリームな人たちの意外な一面なのではないでしょうか。ある意味健全なところもすごくあると思うんですね。このようなアートに近いようなエキストリーム系スポーツというものの特長だと思います。

話しはワールドからひどく離れてしまいましたが、そのようなわけでこれからはますますエキストリームなスポーツは注目を浴びていくでしょうし、その中でウェイクボーディングもさらに発展していくでしょう。ウェイクボード用のボートの開発にも拍車がかかるのではないでしょうか。
その時、このようなエクスジェネレーションの人達の嗜好を十分に取り入れてボートを作っていかないと、性能はよくても今までのスポーツボートのようなイメージではとうてい受け入れられない、というようなことも起るかもしれません。なにしろ、彼らのルーズなファッションを見るにつけ、新旧世代間の感覚には大きな隔たりがあるように思えてなりません。
でも、実はボートのメーカーの人たちは(すくなくともこれらのボートを作っているアメリカでは)すでにそこらへんのことはすっかり折り込み済みなのかもしれません。トヨタでもマスタークラフトでもそのウェイクボード用のボートには「X」という文字を誇らしげにつけています。
新しい世紀が始まろうとする今、まったく新しいカテゴリーのスポーツあるいはカルチャーが生まれ出ようとしています。そのことを踏まえて、すでにある一連のウェイク用ボートたち、これから市場に出現するであろう新しいボートたちの中にこのようなエクストリームな感覚を見いだすことができるかどうか、そんな着眼点を持ってラインナップを眺めてみるのもオモシロイのではないでしょうか。


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